春の淡雪
 




久しぶりに見た。
まず、そう思った。

いつもの自嘲的な笑みでもなく、時折見せる深い孤独に彩られた哀しい笑みでもなく………
白皙の美貌に浮かぶ、あまりにも清らかで純粋な微笑み。


理由は、あの手紙だろう。
親友の夫婦から届いていた。
宛名はあまり美しくない、くせのある字で書かれていた。
その字には、覚えがあった。彼女の中学時代からの親友の字だ。
私もその人物とは面識があった。内弟子コンクールの時、付添いとして来ていた。
明るく、めげることを知らないその友人は、どれだけ彼女に活力を与えていたことか。



  『9月22日、私達の間にこどもが産まれました。元気な女の子です。
  名前は薫乃。くの、と読みます。
  薫のように、綺麗で立派な女性になってほしかったから、薫の字をもらいました。
  いい名前でしょう?
  ぜひ、会いに来てください。
                           黒須和矢・麻里奈   』




同封されていた写真には、子供を抱いたマリナの姿があった。
そこには、気の強い子供のように天真爛漫な表情をしていた彼女ではなく、腕の中の子供を
慈しむ母親の彼女が見事に映し出されていた。


その暖かさに薫は微笑むのだ。
まだ薫にも、そんな笑みを浮かべることが許されるのだ。
そんなにも穏やかで柔らかい笑みを。
その笑顔をなんと表現すればいいのか。


春を思わせる美しさと、そして儚さ。


あぁ、そうだ。
雪に似ているのかもしれない。
触れれば、消えてなくなる、春の淡雪に。





語り手は、東樹(ハルキ)という人です。苗字は未定。
一応、ヴァイオリニスト響谷薫のマネージャーという設定で、時折、私の妄想内に登場します・・・。
薫の恋人とかいうことではありませんが、とても薫のことを大切にしてくれる人。
年齢設定は、薫より10歳くらい年上なイメージで。

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