邂逅 後
| セレモニーが行われるビル前の広場で、私は舞台の正面に立った。 目の前には来賓のための 席が用意されている。 盛大な拍手に迎えられて、彼は現れた。 久しぶりに見る彼は、相変わらず輝くほどに白くて、あの頃よりも綺麗だった。 あの頃、肩の上で揺れていた白金の髪は今では肩の下辺りまで伸びていて、彼を光のベールで 包んでいた。 けれど、今の彼は人形のように表情がなくて、近付けない雰囲気だった。 私達を優しく包み込んでくれたシャルルではなかった。 なぜ? あまりにも冷ややかな表情や 言葉が哀しかった。 そして、彼がこちらを見た。明らかに目が合った。私は期待した、彼が微笑んでくれることを。 あの時のように優しい目を。期待していた。 冷たい瞳のまま、彼は視線をそらした。 無視されたと思った。 それとも憶えてないの?私のことを? もうモザンビークの人のことを愛してはくれないの? 自然と足がロープを超えて、彼に向かっていた。来賓席の間を足早に通りすぎる。 一段、高くなった仮設の舞台。 舞台へ上る前に、私は捕らえられた。 両側からいかつい黒人が私を捕らえて、連れ去ろうとする。 「離して…」 見上げるほどの身長に、私の足ほどもある筋肉質の腕。ねじ伏せるような目つき。 急に怖くなって、視線をさまよわせて、シャルルの冷めた瞳とぶつかった。 「昔馴染みだ、心配はない。控え室にでも連れていけ」 フランス語だったけど、なんとか聞き取れた。 透明で澄んだ声も相変わらず。けれどその声は、奥にある感情を読み取らせず緊張感を 与える。 昔馴染みだと言われたにも関わらず、私を捕らえる腕から力が抜かれることはなかった。 警備員に引きずられるようにして、私はそこから連れ出された。肩越しに振り返ると、もう シャルルはさっきと同じ儀礼的な微笑を浮かべて、流暢なポルトガル語を話していた。 私はビルの一室で、セレモニーが終わるのを待たされた。 やがて、軽い音を立ててドアが開き、シャルル本人が現れた。 さっきの冷ややかな瞳が忘れられず、昔のように走り寄ることはできなかった。 椅子から立ちあがったまま動けずにいる私にシャルルは言った。 「危ないことをするんじゃないよ、リリ」 微笑んだ瞳は優しくて、名前を呼んでくれたことが嬉しくて、私はシャルルに飛びついた。 苦笑してシャルルは私の髪を撫でながら椅子に座るように促した。 「随分、大きくなったね。今年で18になるのか?」 「そうよ」 「始めてあったときの私と同い年だ。今、何をしているんだ?」 「マプート第一大学に通っているの」 シャルルはちょっと目を見張った。上品なブルーグレーの瞳には驚きが見て取れた。 「驚いた?」 すこし笑って頷く。するとさらさらと音をたてて、プラチナの髪が肩から零れた。 「よく入れたな」 「勉強したのよ、働きもした。大学に入るために」 意気込んで身を乗り出すようにして言った。 「夢があるのよ、だから何だってできるの。首席で大学に入ったのよ」 リリは大きな黒い瞳を輝かせてシャルルに語る。 「どんな?」 聞いてもらえることを期待していた。 私の夢を。 「医者と大統領よ」 シャルルは片目を細めて笑った。その表情が穏やかで、神様のように美しかった。 昔の緊張を孕んだものでもなく、先程の冷ややかなものでもなく、花の開くときのような微笑。 「随分とよくばりな夢だな」 「そうよ、リリは欲張りなの」 「なぜ、医者と大統領?」 リリの表情が改まる。 今までの子供のような笑顔ではなく、落ち着いた表情を見せる。 その変化が、シャルルには嬉しい。 「昔、シャルルに出会ったからよ。私はシャルルみたいなお医者様になる。そして、沢山の人を 救うのよ。……将来、手に力を入れたら、私は大統領になる。この国を豊かにするために」 リリはシャルルの瞳を見つめて言った。 リリが言い終えると、シャルルはふと上品なブルーグレーの瞳に寂しげな光を宿した。 リリはそれが不思議だった。喜んでもらえると思っていたのに。 シャルルはそっとリリの腕を引き寄せて抱いた。 がりがりに痩せていた少女。どこで会う子供と同じで、ひどく怯えたような目をしていた。 それが今は眩しいばかりに輝いている。 「リリ、憶えておいで。社会は人を受け入れることを知らない。……今の大統領が 頭の悪いわけでもない。それでも彼の意のままにすべてが運ぶわけではない」 言って、シャルルはリリの瞳を見つめた。真っ黒の大きな瞳。明るい強さを秘めた……。 翻って、シャルルの瞳は孤独に輝く。物憂い翳り。 「リリの気持ちは素晴らしい。けれどその通りになるかどうかはわからない。 それを憶えておいで」 リリはシャルルの瞳の暗さを理解した気がした。 彼がどんなにこの国を救いたいと思っても、援助しても、彼の望む通りにはならない。 そんな中で繊細な彼は参ってしまうのかもしれない。 あのときのような優しさを滲ませることができないのかもしれない。 「リリは負けない。非難されたってやり遂げる。私はこの国を裕福にするのよ」 シャルルはふと安心したように椅子にくつろいだ。 「だったらいい」 彼のような医者になれるのなら、どんなことでも頑張れる自信があった。いかに困難でも、 人に非難されることがあっても。信念をもっていれば、負けることはない。 「私はこの国を救うのよ」 シャルルにはない強さと明るさ。 彼の愛した人と国は、彼を愛した人と国は、変わることなくあった。 地道に生きてきた人の強さをシャルルは感じ取った。 それは彼らが失ってしまった強さだった。 強い人間がいる限り、その国は何があっても大丈夫だ。 変わってしまったのではないかと、思っていた。 当時よりもずっと裕福に見える人。まだ貧しい人。 格差は縮まらない。 そんな人の姿を見たくないと、そう思った自分が嫌になった。 そんなことはなかった。 人々は当時と同じで、純粋で美しい強さを秘めていた。 生きる力を与えられたように感じられた。 昔、自分を救ったこの国と人に、シャルルはもう一度救われた気がした。 |