うさこちゃん
| 駐車場に車を停めた巽は、助手席に回りって大きな荷物を取り出すと、両腕に抱え上げた。 それは、まさしく抱え上げると言うに相応しい大きさの包みだった。 玄関で出迎えた執事は、リボンの付いたあまりに大きな包みに少し驚いたようにパチパチと瞬きを繰り返して、 彼らしからぬ間の抜けた声で尋ねた。 「お帰りなさいませ、巽様。……その荷物は………」 巽は、ふと悪戯っ子のような笑いを滲ませ、その美しい切れ長の目を細めた。 「ヒミツだよ。それより薫は?」 妹の薫は、数日前から風邪で寝込んでいた。 試験の為に家を留守にしていた僕に、いつまでも下がらない熱を心配した執事から連絡が来たのは 昨日の夕方のこと。 慌てて駆けつけてみれば、40度の熱に薫がうなされていた。 高熱で関節が痛むようだと側にいたメイドが言った。 相当苦しかったのだろう。 普段は愚痴など零さない薫が、安心したように微笑み、少し辛いと掠れた声で言った。 熱のせいか上気した頬は、まるで膨らみかけた紅いバラの蕾のようだった。 しかし、薫が素直に喜びを口にしたのはそのときだけで、その後は目覚める度に、自分は大丈夫だから 試験に戻れの一点張りだった。 心配しないで眠りなさいと、宥めすかして、深夜になってようやく本格的に眠った。 確かに試験は大事なものだった。 しかし、幼いときからこの広い屋敷にひとりでいた僕には、薫の孤独がよく分かるのだ。とても一人では ほうっておけなかった。 「朝、お目覚めになった時も食欲がおありではなく、何とかヨーグルトだけを召し上がりました」 執事の手を借りて、薫の部屋まで行くと僕は彼を下がらせた。 薬を飲んだ後なので、今は眠っているかもしれないとのことだった。 僕は起こさないようにノックをせず、そっと扉を開いた。 薫は眠っているように見えたのだが、僕がベッドの側に行くと、小さく身じろぎをしてうっすらと目を開いた。 どうも起こしてしまったようだ。 昨晩と変らず、顔は上気している。まだ熱も高いのだろう。 「試験に、戻られたのではなかったの?」 開口一発、薫はまたそのことを口にした。 僕は薫の柔らかい髪を撫でた。 珍しく、戸惑ったように薫がそっと僕の手を押し返した。 「髪を、洗っていないの………」 恥らう薫が、限りなく愛しかった。 「大丈夫だよ。今日は戻らなくても大丈夫だ」 けれども、僕も薫が治りきるまでいてやることはできないと、わかっていた。 今日中に戻らなければ、卒業は無理かもしれない。 幸い、今日は試験はなかったが、昨日に配布された課題の発表は明後日の朝一番だ。 さすがの僕も、明日一日で仕上げられるかどうか、自信がない。 「でも……」 言い募る薫の唇に僕は人さし指を当てて、口を閉ざすよう示した。 「では、今日の夕方に戻らせてもらおう。いいね? そのかわり、それまではここにいる」 本当はずっと付いていてやりたかったが、僕自身の状況はそれを許さず、また、こんなに心配していたの では、薫が休めないのではないかと思うほどだった。 「かわりに、僕の分身を置いていくよ」 薫は少し怪訝そうに、巽の指し示した大きな荷物を見た。 巽は薫の学習用の椅子をベッドの傍らまで持ってくると、リボンを解いて中身を出した。。 「ミッフィーちゃん?」 薫はすこし呆れたような声で言った。 僕は頷くと、椅子にその巨大なぬいぐるみを座らせた。その椅子からは、ぬいぐるみのおしりの大半が はみ出していた。 「これで、寂しくないだろう?僕が帰ってくるまでは、ミッフィーが代わりについているよ」 僕は、僕の顔ほどもありそうなミッフィーの大きな手を振ってみせた。 ついに、薫は声を出して笑った。 くすくすと、いつまでも。 くすくすと。 りんごの頬を笑いに緩ませて、バラの唇をほころばせて………。 美しい顔で、くすくすと。 愛しい薫が、笑っていた。 |
雅様主催の2007年響谷薫誕生祭 SecretHeaven に贈らせていただいた作品です。