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〜5、距離〜
4限目の授業を終えて、もう何度目かわからないため息をついた。 お弁当を食べよう、といつもどおりに友達が机をあわせる。 「晴留香、最近、ため息ばかりだね。どうしたの?」 仲のいい4人で2つの机を取り囲むと、尚ちゃんが聞いてくれた。 「んー…。後輩がね、入院しちゃってて…。何か心配でさ」 「あれ、響谷薫?まだ入院してんの?」 「そういえば、最近見かけないね、あの子」 尚ちゃんとよーこが口々に言い合う。 悩んではいたけど、べらべらと口外したつもりはない。 「あれ、あたし話してないよね?」 不安に思ってたずねると、呆れたように皆が笑って、尚ちゃんがあたしの頭を 小突いた。 「もう、晴留香は後輩だからのんびりしてて。学校中、噂になってるよ。1年生なんて、 毎日教室を張り込んでるらしいし」 「そうなんだ……。そうだよね」 薫の人気振りからすれば、当然かもしれない。なにせ全校のアイドルなんだから。 暗い気分のまま、考える。 そもそも顧問がいけないのだ。何も教えてくれないから…。責任転嫁と言われれば それまでだが、それ以外に何があるだろう? 「だって1週間も経つのに、顧問、何も教えてくれなくて…心配するじゃない」 本当に、顧問からは何も教えてもらえなかった。ただあの日の晩に、家に電話が あっただけだ。 『響谷な、しばらく入院することになったから…』 それだけ伝えて、あとは何も言わなかった。 次の日の部活で顔をあわせても、詳しいことは教えてもらえない。 他の部員だったら、間違いなく家に電話をしてたと思うけど、薫の家に電話を 掛けようとは思わなかった。 考えてみたら、あたしは何も薫のことは知らないから。 もちろん、自宅の電話番号くらい知っているし、一度だけ掛けたこともある。部の 連絡網、あたしの次は薫だったから。 初めて電話を掛けた火、電話に出たのはおばさんだった。 『薫様ですね、お待ちください』 “様”付けなんて、そんな呼び方に驚いた。 『今の人、だれ?』 電話に出た薫に、開口いっぱつ、そう尋ねた。事もなげに、薫は答えたけど。 『メイドだよ、住み込みの』 国立は高級住宅街だし、薫の自宅の付近は特にお金持ちが多いけど、さすがに 住み込みのメイドまで雇ってる家はそうはなくて、驚いた。 『なんか…緊張しちゃうね…』 何気なく言うと、薫は快く携帯電話の番号を教えてくれて、以後、自宅には掛けた ことがない。 親は殆ど家にいないって聞いたことがあったし、メイドさんに突然聞くって言うのも おかしい気がして、結局、掛けずじまい。 「どうした?晴留香。まだ響谷薫のこと考えてるの?」 「だって、ケータイもつながんないし」 「よっしゃ!じゃ、後で顧問とこ行って聞き出してきな」 ちほちゃんが明るく行ってくれたけど、あたしは渋った。 「何回かきいたけど、教えてくれないよ」 文句を言うと、尚ちゃんが笑った。 「大丈夫だよ、バスケ、平田でしょ?根気で攻めれば落ちるよ」 なんならついてくよとヨーコが言ってくれて、心がちょっと軽くなった。 「お願い!平田先生、教えてよ」 尚ちゃんの言うとおりに、あたしは昼休みに職員室に駆け込んだ。 廊下では、みんなが待っていてくれる。 困ったといった風に、先生はボールペンで頭をかきながら渋面をつくった。 「気持ちはわかるけどな、牧野。お前がなんかしてやれる訳でもなし、迷惑になる だけだろう。わかってくれよ、牧野」 「わかんない!」 面倒くさそうな先生の態度に、あたしは腹を立てた。 本気で心配しているのに。 あたしは、がんとして譲らなかった。 結局、昼休みが終わる時間まで先生の横で粘って、薫の担任の先生の許可も 取って、ようやくあたしは入院先の病院を教えてもらった。 絶対に、他の人にはおしえないという条件を付けて。 「先生、ありがと!今日、クラブ休みます。欠席届は明日だすから、よろしくね!」 職員室に響き渡る声で、あたしは先生にお礼を言うと、飛び出した。 6限が終わると、掃除当番をヨーコが代わってくれて、あたしは家に帰った。 「ねぇ!お母さん。お見舞いって、何をもって言ったらいい?」 「お花でいいじゃない。明るい色でね、白のお花はダメよ」 「うん、ありがとう」 病院は、すこし離れたところにある市立病院だった。 歩いていくには遠くて、あたいは母の言うとおりにピンク色でまとめてもらった アレンジメントのお花を自転車の籠に突っ込んで、勢いよくこいだ。 |