重なり合う愛





目が覚めたのは、まだ陽が昇る前だった。
昇りかけた太陽が、東の空に浮かぶ雲を紫色に染めていた。

巽は、身支度を整えるとアルディ家の治療室へと足を向けた。
一晩中傍にいたかったが、シャルルに追い出された。

『君自身、病み上がりだということを忘れないでくれ。この部屋は、清潔に保ってあるが、無菌室ではない。知らないのなら、
教えておこう。風邪は正しくは風邪症候群のことを言い、細菌によって引き起こされる。つまり、この部屋には薫に風邪の
症状を起こさせている細菌が蔓延しているんだ。自分自身、風邪を引きたくなければ、自分の部屋でゆっくり休め。私は、
二人の面倒をみていられるほど、暇ではない』

巽に向けられるには、その時のシャルルの言葉は厳しかった。
彼自身が、疲れているように見えた。執事から聞き出したところによると、3日ほどまともに眠っていないらしい。昨日からようやく、
手が空いて休めるはずの時になって、薫の症状が悪化したとの知らせが入り、結局休めなかったらしい。
道理で、顔色が悪かった。


とは言え、やはり薫のことが心配で余り眠れなかったので、まだ暗くはあったが病室へいこうと思ったのだ。
白いベッドの上で、眠る薫がいた。
ベッドの端へ腰掛け、その顔を見つめる。薄暗い部屋にあって、その肌は真珠のように
白く映える。
昨日の言葉が、何度も何度も繰り返し頭の中を巡る。
バラのような唇、甘やかに自分を誘った唇は、血の気が感じられず、ただ酸素を取りこむだけの機械のように見えた。


軽く、巽は薫の唇にキスをした。
ぬくもりを、分けてやりたかった。
角度を変えて、……また口付ける。


長い睫毛が震えて、青く澄んだ瞳が現れる。
巽を確認すると、一瞬、眼を大きく見開いた。
……そして。

「……もっと」

熱に潤んだ瞳に、甘やかな輝きを浮かべて、薫は言った。
甘えるような、ねだるような、そんな言い方。
普段の薫とは全く違う、愛らしさと艶やかさ。
いつの間に、そんな誘い方を憶えた?
巽は、誘われるがままにもう一度。
優しく。
「途中では、止めてあげられないよ?」
皮肉げな、薫とよく似た笑みを浮かべて。
情熱的にその唇を奪う。激しく、甘く。
「いいよ」
巽の瞳をしっかりと捕らえて、薫は答える。
不敵な笑みが、巽の静かな瞳の中に燃え上がる。
「後悔するよ?」
白い腕を伸ばして、薫は巽の頬を包み口付ける。
「しない。私は兄様を愛してる」
「後悔させてやる」
薫の耳元で囁き、その耳に口付ける。
頬にも、瞼にも、首にも。
順に、快楽の印を刻んでゆく。時に乱暴に、ときには優しく。
薫は、巽の頭を胸にかき抱いた……。


「ひどい傷だ……」
細い巽の指が、薫の手術の痕をなぞる。
「苦しかっただろう?」
そっと、口付けて巽は言う。
「見ないで……。綺麗じゃないから」
隠そうとする薫の手にキスをして、巽は呟く。
「綺麗さ、お前はどこまでも美しい」
巽は深く薫を抱きしめる。艶やかな声が薫の口から漏らされた。



愛を受容れた証。
白い肌は、薔薇色に染まった幾つもの跡が残る。

巽に身体を添わせて、薫はつぶやく。
「……シャルルが、来る」
「怖いのか?」
「まさか」
巽の胸に頬を押しつけて、薫は笑う。
胸の中の薫の髪を撫でながら、巽は尋ねる。
「なぜ、髪を切った?」
「伸びたから……」
脈絡のない巽の質問に、不思議そうに薫は答える。
「違うよ、昔。ずっと伸ばしていただろう。肩より、短くしたことはなかったのに、突然切ってしまった」
「もう、忘れた」
軽く笑って、巽の唇を捕らえる。
「長いほうがお前に似合う。……伸ばしてごらん?僕のために」
「いいよ」
二人は抱きしめ合い、キスを交わす。幾度も……。





シャルルは、病室での行為にいささか呆れてはいたが、怒りはしなかった。
ベッドの二人が、あまりに美しく満ち足りた顔付きをしていたから。
誰の介入も望んでいない、二人きりの空間がそこにあったからだ。


ただ、その日の晩になって巽が熱を出すにいたっては、珍しく怒った。
そして薫の風邪の原因を知るにいたっては、かなりの勢いで怒った。

「君は、自分の身体を何だと思っているんだ?この季節に、夜中に何時間も外にいたら、風邪を引くことくらい、
子供だってわかる。……巽も。注意しておいたはずだ。まだ病み上がりだから、無理をするなと。君らは、子どもかい?人の
言う事も聞かずに、ふたりそろってこの有様だ

 





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